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元町映画館☆特集

漕げや、稼げや、生き抜けや。『東京自転車節』

のUber eatsを仕事にする若者が主人公のアツいドキュメンタリー映画

さぁ10月に入り、2021年も残り3ヶ月。でも暑い!
少なくとも神戸は半袖半パンでちょうど良いくらいの暖かさ。夜はちょっぴり寒いですが、それでも日中は「陽気」という言葉が当てはまる気候となっております。どこいった、秋?!

と当たり障りのない天気の話から入りましたが、今回はアツいドキュメンタリー映画のご紹介です。
突然ですが皆さん、Uber eats(ウーバーイーツ)を利用したことありますか。私はありません。2020年ごろからコロナ禍もあり、爆発的に利用者が増えた宅配サービス。家にいながらお店の味、しかもいろんなメニューが楽しめるということで若者からシニアの方も?利用があったとかなかったとか。2021年になっても勢いは落ちず、神戸の街でも自転車に乗った配達員さんが行き交っております。今回はそのUber eatsを仕事にする若者が主人公の『東京自転車節』をご紹介。

こんなお話。
2020年3月。山梨県で暮らしていた青柳拓監督。彼は、奨学金の返済を含めて生きるために運転代行の仕事で生計を立てていた。しかしコロナ禍となり、仕事は激減。その時に目をつけたのがUber eats。家族の反対を押し切り、東京に進出。緊急事態宣言下の東京で自転車配達員として働きながら、自身の生活を撮影し始めた。日々の生活もままならない中での、日本の新しい日常が見えてくるs。


不謹慎かもしれませんが、めっちゃ笑ってしまいました。何が?青柳監督の人間性とドラマみたいな展開、日々の稼ぎが表示されるUber eatsで、目標金額に達するかどうかのハラハラ感もある。そして仕事を通して2020年に何があったかを振り返る記録映画としての側面もある。1個の映画で何重にも楽しめるドキュメンタリーだ。

さらに青柳監督を取り巻く人物も楽しい。いきなり東京に来ても住むところもない。野宿しつつ相談したのは友人の加納土さん。実は彼も映画監督。彼はウイルスの感染を恐れて自宅に篭り日々を過ごしていた。青柳監督のとの共同生活。生き残るために家にいる土さんと、明日を生きるために稼いでくる青柳監督。この対比が素晴らしい。行動は違っても目的は「生きること」。そして結果、どちらも生きている。「ゆとり世代」と世間から言われても、生きていることに変わりはない。東京という、神戸に比べると大都会でこんな生き方をしている人があとどれくらいいるのだろうか。

奨学金催促の電話は来るは、ひっきりなしに働いてもほとんど残らない給与。やっと仕事がうまくいったと思えば自転車はパンク。大雨。これでもかと困難が訪れる青柳監督は飯を食べ、欲を開放し、1日を必死に生きる。2020年の4月ごろからはこういう境遇の人ばかりだったということだから驚く。しかし一方でこの仕事で荒稼ぎしていたというのも驚きだ。

本当に去年はコロナと同じく、お金の話が世間でもたくさんあがったように思う。給付金、補助金、どれだけ稼げるか……。そして同じく出てきた「新しい日常」という言葉。今となってはコロナ以前の生活がどんなものか思い出せないくらい、この1年の生活は劇的に変わったと思う。そして本作。監督という冠をとっぱらったとしても20代が生きていくにはこんなにも苦労しなければならないのか。映画だから笑ってしまうところもあるけれど、現実こういう方がたくさんいるのだから、日本のこれからどうなってくんだという不安も浮かび上がる。

でもこの映画の救いは、絶望的な状況に陥っても助けてくれる人はいるし、生きるために耳よりな情報、手を差し伸べてくれる人がいるんだっということ。テレビの向こう側にいる人は言葉だけで直接的な支援を監督が受けることはできないけれど、助けてくれるのはやっぱり身近な存在。そういうのをいつも大切にしなきゃならないと、この映画は教えてくれました。

ちょっと個人的すぎる感想になっちゃいましたが、物語的にもハラハラドキドキさせてくれます。右も左も分からない状態から、成長し、そして最後には「いや、無理だろう、そこに行くのは……」というシーンも。これをどうやって乗り越えていくのかも見所の一つ。

金持ちとそうじゃない人が入り混じる街の中で颯爽と自転車を漕ぐ姿をぜひスクリーンで焼き付けて欲しい。アツいドキュメンタリー『東京自転車節』必見です。
東京自転車節
(監督:青柳拓/2021年/日本/93分)

上映スケジュール
10/9(土)~10/15(金) 16:10~


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